「10年後には豪邸を建てて、社長になります!」
あるいは
「10年後に年間100万冊読まれる作家になります!」
夢を語る時は、いつだって実現困難に思える。
だが、ドリームキラーという言葉があるように、
夢を語ると途端にバカにしてきたり、やる気をくじく人もいるものだ。そんなもの、時間の無駄だからやめな、と。
誰が時間の無駄だと決めるのだろう?その論理ならば、東大を目指していたら、東大に合格しなければ勉強した時間すらも無駄だということになってしまう。
夢は実現する、しないにも関わらず、
「見る」ことに意味があると思うのだ。
学生時代の頃から、大人を見ていたらいつも思っていた。
社会人になったら、自分よりも年上の人たちを見て思ったのだ。
そもそも「夢」すらも見ない大人が多いということに。
そして、彼らの口からは決まって会社の悪口や、同僚がいかに仕事ができないかを自慢しているように思う。
でも、「夢」を見る大人は違う。
話しをしていて、輝いて見える。会社の席で悪口を言っている人たちよりも、よっぽど人生充実しているように見えるのだ。
もし、あなたにも「夢」があるのなら、
どうか持ち続けてほしいと思う。
「夢」を見ている時、語っている時、目指している時。
あなたは輝いているのだから。
そして、実現できるかどうかは置いといて、「夢」は私たちに活力をもたらしてくれる。いつもは思いつかないアイディアを考えついたり、避けていたことに挑戦することができる。
上記のことを、今日読んだ次の一節によって考えさせられたのだ。
大の大人がバカな夢物語を話すだけ話して、何も生産性もない時間だったかもしれないけど、僕の精神状態はそれでだいぶ良くなった。3人くらい別々の人と話すころには、不思議と自然とやる気もアイディアも湧いてきた。
「気の持ちよう」の脳科学 (ちくまプリマー新書) p.158より抜粋
日常生活に疲れた精神に、「夢」の効果ははかりしれないかもしれないのだと。
思い返してみると、「夢」について語っていた時、考えていた時はいつも前向きな気持ちを保っていたような気がする。それも、気のせいかもしれないが、「夢」にはポジティブな効果があると信じている。
そうでなければ、少年漫画であんなに前向きで、ポジティブな主人公はいないのだから。
・ドリームキラーについて、考えさせられる本はこちら。