えのブログ

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人生にストーリーが求められる社会は「正解」なのか?

みなさんは、何かを始めたいと思った時。

やめたいと思った時。

明確な「理由」はありますか??

 

 

はっきりとした理由はなくて、

・直感だ

・なんとなく

などの曖昧な理由もありますよね。

 

…いや、本当は何か明確な「理由」があったとしても、それを世間が否定してきたからこその結果なのかもしれません。

人間関係で病気になって仕事を辞めようとしたら、「そんなんどこでも同じだ!!」と言われたり、とかね。

 

人は、何かに没頭して趣味を持った時。何らかのストーリーを求めてしまいます。

 

法律に興味があったから弁護士になった、などの理由です。

 

しかし、現実には一貫性なんてものはなくて、

殆どが「後付け」「後から理由づけ」した理由が多いのにも関わらず、です。

 

私も転職を繰り返す中で、転職エージェントや派遣会社などに散々言われました。

「面接時には、大学の選考からさかのぼって、こう~こう~そう~の理由から御社を選びました!と言ってください」と。

 

ここであらかじめ言っておきますと、

このようなストーリーを作って話すことを否定したいのではないのです。

 

ただ、「そうしないと選考に選ばれない」という風潮に問題があると思うのです。

 

だって、そうじゃないですか。

 

大学時代からさかのぼって、変化を演出して選ばれたとしても、

それって転職回数が多いと不利になるということ。

 

極端な話をしますと、これから先の世の中の考えが変わって、転職は人生で10回して一人前!という風潮になったとしましょう。
そんな時にまで、人生のストーリーに一貫性を求めていたら、誰も採用何て怖くてできない。人材不足になってしまう。…もしかしたら、このような弊害は、今起きているからこそ、人材不足の社会になっている可能性もありますね。

 

そうではなくて、ストーリーがあっても、

ある日突然「これをやりたい!」と思った。だから、やります!と手を挙げられる世の中になってほしいと思っています。

 

では最後に、タイトルの「人生にストーリーが求められる社会は「正解」なのか?」の問題提起に対して答えましょう。

 

人生にストーリーなんてものは、ない。日常生活がただ、あるだけだ。

 

 

答えになってないですか?(´・ω・`)